東亜医学協会 機関誌・雑誌データベース

「東亜医学」誌について   矢数道明

 昭和10年、漢方医学に情熱を傾けていた同志七人により「偕行学苑」が創立された。これを前身とし、日華満をはじめ、東亜諸国の伝統医学による文化交流、友好親善、さらに政治活動をも目標とし、昭和13年11月23日「東亜医学協会」が発足した。「東亜医学」はその機関誌として、新聞紙法による政治記事までに及ぶ手続をとったものであった。
 毎号A4判8頁で、昭和14年2月より、昭和16年3月15日まで、毎月発行され、通巻26号を刊行した。26号を以って休刊となったのは、戦時下雑誌統合令のためで、『漢方と漢薬』誌を存続させるため、「医道の日本」と「東亜医学」は、法令に従い、合併し、その犠牲となって姿を消すことになったのである。当時『漢方と漢薬』ただ一誌が残り、昭和19年9月戦災のため休刊して漢方鍼灸関係誌は一誌もなくなった。
 戦後、昭和29年9月から、協会の活動を再現させ、現在の月刊誌「漢方の臨床」誌を創刊したが、その第1巻から第25巻までを、昭和53年に雄渾社が復刻出版した。そのとき、この「東亜医学」は東亜医学協会の機関誌であったという意味から、これを全1巻の合本として添附復刻した。それ故この復刻は一部分にしか知られていない貴重なものであった。
 現在の驚くべき漢方医学の復興の時機に当って、昭和初期の漢方医学が、どのような経過を辿って復興の道を歩んでいたかを知る、日影にかくされたささやかな記録の一面である。
 昭和15年11月発行の「東亜医学」、第22号の第1頁、全面を使って東亜医学協会の新機構が発表されている。これを見ていただければ判るが、拓殖大学当局では永田秀次郎学長、学監宮原民平氏ほか六名の方が顧問となって全面的に協力して下さった。又、漢方講座は特別優遇を受け、講師は全員大学の講師待遇で、講座の収入残金は全部協会に支給されたのであった。その資金によって漢方図書館も誕生したのである。
 この「東亜医学」誌の雄渾な題字は、大塚敬節理事代表が永田学長にお願いして、とくに揮毫していただいた記念の文字である。
 新機構の上段左に、国際交流(連絡提携)機関として、満洲国民生部(保健司防疫課長)張継有氏、蘇州国医々院長葉橘泉氏、北京国医砥柱社楊医亜氏の名があるが、その方々は戦後新中国誕生のとき、中医学会の理事となって活躍されていた。筆者とは五十年来の親交を結んだ師友で、戦後中国と交流が行われるや、記念すべき学会の席で劇的な対面が恵まれてきた。この『東亜医学』には東亜諸国との五十年の歴史が秘められている。
 
 〈附記〉機関誌「東亜医学」は戦時下雑誌統合令により26号を以て「漢方と漢薬」に合併して廃刊、戦後「漢方の臨床」として再出発した。
  ※東亜医学協会創立五十周年主要年表

「東亜医学」(PDF)

 内 容:「東亜医学」第1号から26号 :(全)1939年(昭和14年2月1日)第1号~1941年(昭和16年3月15日)第26号
 タイトル、著者、年/号数/巻数/ページをデータベース化したものである。

タイトル著者発行年月日
@1939年(昭和14年02月01日)-第01号
 巻頭言/科学の洗礼を受けたる漢方医を養成せよ大塚敬節1939年(昭和14年02月01日)-第01号01頁
 新東亜建設の一翼たれ荒井金造1939年(昭和14年02月01日)-第01号02頁
 薬を売る者無眼清水藤太郎1939年(昭和14年02月01日)-第01号02頁
 養生の真諦石原保秀1939年(昭和14年02月01日)-第01号03頁
 欧洲の方が漢方薬は盛ん市原分1939年(昭和14年02月01日)-第01号03頁
 東亜医学の発刊に際して木村長久1939年(昭和14年02月01日)-第01号03頁
 発刊を祝す矢数有道1939年(昭和14年02月01日)-第01号03頁
 医界の転換期矢数道明1939年(昭和14年02月01日)-第01号03頁
 伸展工作は着々と吉田一郎1939年(昭和14年02月01日)-第01号04頁
 医療制度調査会に陳情せよ竹内吉五郎1939年(昭和14年02月01日)-第01号04頁
 感佩の至り渡辺温行1939年(昭和14年02月01日)-第01号04頁
 朝鮮にても気運熟す石戸谷勉1939年(昭和14年02月01日)-第01号04頁
 刮目してその活動を待つ呉文通1939年(昭和14年02月01日)-第01号04頁
 漢医問題は極めて重大岡西為人1939年(昭和14年02月01日)-第01号04頁
 中国にも敬服すべき著書多し渡辺瑳美1939年(昭和14年02月01日)-第01号04頁
 応分の努力を惜しまず代田文誌1939年(昭和14年02月01日)-第01号04頁
 中国漢方医界の現況と日華提携に就いて(一)大塚敬節1939年(昭和14年02月01日)-第01号05頁
 鍼灸医学を語る柳谷素霊1939年(昭和14年02月01日)-第01号05頁
 虫様突起炎の話(一)龍野一雄1939年(昭和14年02月01日)-第01号06頁
 戦陣日誌中島宣男1939年(昭和14年02月01日)-第01号06頁
 東亜医学協会発会式開会の辞矢数道明1939年(昭和14年02月01日)-第01号07頁
 東亜医学協会々則1939年(昭和14年02月01日)-第01号07頁
 東亜医学協会各部主任決定1939年(昭和14年02月01日)-第01号07頁
@1939年(昭和14年03月01日)-第02号
 巻頭言/大陸医療対策の積極的意義小柳賢一1939年(昭和14年03月01日)-第02号01頁
 先覚者猪野毛代議士大陸医療方策を闡明す小柳賢一1939年(昭和14年03月01日)-第02号02頁
 現下に適応する漢方医学復興私案矢数道明1939年(昭和14年03月01日)-第02号02頁
 本誌に寄せられたる諸大家の感想1939年(昭和14年03月01日)-第02号03頁
 中国漢方医界の現況と日華提携に就いて(二)大塚敬節1939年(昭和14年03月01日)-第02号04頁
 拓殖大学東亜医学専門部設立趣意書1939年(昭和14年03月01日)-第02号04頁
 虫様突起炎の話(二)龍野一雄1939年(昭和14年03月01日)-第02号04頁
 戦争は文化の母大塚敬節1939年(昭和14年03月01日)-第02号05頁
 私方穴「肋膜炎の灸穴」使用実例柳谷素霊1939年(昭和14年03月01日)-第02号05頁
 河豚中毒と其療法石原保秀1939年(昭和14年03月01日)-第02号06頁
 北支中支へ特派員を派す1939年(昭和14年03月01日)-第02号06頁
 協会研究の漢方薬/新形式の下に製品化さる1939年(昭和14年03月01日)-第02号07頁
 東京及横浜優良品販売会立上る1939年(昭和14年03月01日)-第02号07頁
 天津だより西欽也1939年(昭和14年03月01日)-第02号08頁
@1939年(昭和14年04月15日)-第03号
 巻頭言/大陸進出には薬剤師を動員せよ小柳賢一1939年(昭和14年04月15日)-第03号01頁
 マラリヤの治療に漢方療方を採用せよ1939年(昭和14年04月15日)-第03号01頁
 中南支の風土病たるマラリヤに就いて小柳賢一1939年(昭和14年04月15日)-第03号02頁
 漢方医の見たマラリヤとその療法大塚敬節1939年(昭和14年04月15日)-第03号02頁
 八味丸の証を呈せるマラリヤ龍野一雄1939年(昭和14年04月15日)-第03号03頁
 瘧(マラリヤ)の鍼灸治法柳谷素霊1939年(昭和14年04月15日)-第03号03頁
 医療の文化的意義と漢方伊沢凡人1939年(昭和14年04月15日)-第03号03頁
 日支提携偶感内山完三1939年(昭和14年04月15日)-第03号04頁
 中国漢方医界の現況と日華提携に就て(三)大塚敬節1939年(昭和14年04月15日)-第03号05頁
 陸相眼の上の瘤石原保秀1939年(昭和14年04月15日)-第03号06頁
 同窓会にて木村長久1939年(昭和14年04月15日)-第03号06頁
 天津市街衛生局長と漢方に就いて語る中嶋寅男1939年(昭和14年04月15日)-第03号08頁
@1939年(昭和14年05月15日)-第04号
 巻頭言/大陸医療の適格・漢方薬々局方を作れ・精神の貧困を救へ小柳賢一1939年(昭和14年05月15日)-第04号01頁
 支那医薬衛生事情視察報告書/教育の理想と医療の理想小柳賢一1939年(昭和14年05月15日)-第04号02頁
 マラリヤにアジサイ清水藤太郎1939年(昭和14年05月15日)-第04号03頁
 教育の理想と医療の理想1939年(昭和14年05月15日)-第04号03頁
 北京国医学院訪問記小柳賢一1939年(昭和14年05月15日)-第04号03頁
 中支北支の風土病瞥見1939年(昭和14年05月15日)-第04号04頁
 蒙彊地方に於ける葉草1939年(昭和14年05月15日)-第04号04頁
 大陸の健康中島寅男1939年(昭和14年05月15日)-第04号05頁
 入湯と疾病との関係西沢生恵1939年(昭和14年05月15日)-第04号06頁
 急性胃腸カタル鍼治験柳谷素霊1939年(昭和14年05月15日)-第04号06頁
 諸家の感想寺下宗孝・頴原基1939年(昭和14年05月15日)-第04号06頁
 読書余録石原保秀1939年(昭和14年05月15日)-第04号06頁
 拓大漢方医学講座講師及聴講生名簿1939年(昭和14年05月15日)-第04号07頁
@1939年(昭和14年06月15日)-第05号
 巻頭言/非常時局下の医師の務1939年(昭和14年06月15日)-第05号01頁
 特輯/医界に逼る時代の跫音1939年(昭和14年06月15日)-第05号02頁
 野草の研究1939年(昭和14年06月15日)-第05号05頁
 喘息の一例木村長久1939年(昭和14年06月15日)-第05号06頁
 テイ柳と紫根(ハシカの薬)石原保秀1939年(昭和14年06月15日)-第05号06頁
 虫様突起炎の病理学龍野一雄1939年(昭和14年06月15日)-第05号04頁
 四関刺鍼の妙柳谷素霊1939年(昭和14年06月15日)-第05号06頁
 大同紀行KK生1939年(昭和14年06月15日)-第05号08頁
 上海だより野辺清1939年(昭和14年06月15日)-第05号03頁
@1939年(昭和14年07月15日)-第06号
 巻頭言/事変二週年と東亜医学の希望1939年(昭和14年07月15日)-第06号01頁
 漢方復興への所感矢数有道1939年(昭和14年07月15日)-第06号02頁
 興亜工作と漢薬吉田一郎1939年(昭和14年07月15日)-第06号02頁
 漢方医の見た赤痢とその療法大塚敬節1939年(昭和14年07月15日)-第06号03頁
 赤白痢と龍牙草石原保秀1939年(昭和14年07月15日)-第06号04頁
 国医砥柱誌に答ふ/帰脾湯の運用に就て矢数道明1939年(昭和14年07月15日)-第06号04頁
 吃逆(しゃっくり)の治療法矢数道明1939年(昭和14年07月15日)-第06号05頁
 虫様突起炎の症状及び診断龍野一雄1939年(昭和14年07月15日)-第06号06頁
 風の字の附く病気の話大塚敬節1939年(昭和14年07月15日)-第06号08頁
@1939年(昭和14年08月15日)-第07号
 巻頭言/非常時局下に於ける漢薬業者の自粛自戒を要望す1939年(昭和14年08月15日)-第07号01頁
 漢方医家の立場から「灸の話」放送事件を見る矢数有道1939年(昭和14年08月15日)-第07号02頁
 脚気の漢方療法大塚敬節1939年(昭和14年08月15日)-第07号03頁
 手に触れる経絡柳谷素霊1939年(昭和14年08月15日)-第07号04頁
 黄櫨と膈噎石原保秀1939年(昭和14年08月15日)-第07号04頁
 支那長江余滴(一)龍精1939年(昭和14年08月15日)-第07号05頁
 虫様突起炎の症状及診断龍野一雄1939年(昭和14年08月15日)-第07号06頁
 無医村を行く神谷卓1939年(昭和14年08月15日)-第07号07頁
 最近読書の内より龍野一雄1939年(昭和14年08月15日)-第07号08頁
@1939年(昭和14年09月15日)-第08号
 巻頭言/漢方医と処方箋発行問題1939年(昭和14年09月15日)-第08号01頁
 結核予防対策につき協会全員の協力を要望す矢数道明1939年(昭和14年09月15日)-第08号02頁
 癩の焼針療法石原保秀1939年(昭和14年09月15日)-第08号02頁
 鍼灸と刺激柳谷素霊1939年(昭和14年09月15日)-第08号03頁
 鍼灸と按摩マッサージ戸部宗七郎1939年(昭和14年09月15日)-第08号03頁
 虫様突起炎の症状及診断龍野一雄1939年(昭和14年09月15日)-第08号04頁
 ある往診竹茹生1939年(昭和14年09月15日)-第08号05頁
 竹林雀語竹中筍庵1939年(昭和14年09月15日)-第08号05頁
 支那長江余滴(二)龍精1939年(昭和14年09月15日)-第08号06頁
 果物と砂糖と疾病との関係(一)西沢生恵1939年(昭和14年09月15日)-第08号07頁
 刺鍼による内臓穿孔の数例龍野一雄1939年(昭和14年09月15日)-第08号08頁
@1939年(昭和14年10月15日)-第09号
 巻頭言/医師法改革案と漢方医家の団結1939年(昭和14年10月15日)-第09号01頁
 処方箋問題と漢方医の立場矢数有道1939年(昭和14年10月15日)-第09号02頁
 刺鍼過誤柳谷素霊1939年(昭和14年10月15日)-第09号03頁
 九月号読後感あり戸部宗七郎1939年(昭和14年10月15日)-第09号03頁
 虫様突起炎の療法に就て龍野一雄1939年(昭和14年10月15日)-第09号04頁
 漢方医学上より観たる肺結核の治療及予防法矢数道明1939年(昭和14年10月15日)-第09号05頁
 砂糖と果物と疾病との関係(二)西沢生恵1939年(昭和14年10月15日)-第09号06頁
 食養学上より観たる治療及予防法小出寿1939年(昭和14年10月15日)-第09号06頁
 初秋蟀吟竹茹生1939年(昭和14年10月15日)-第09号07頁
@1939年(昭和14年11月15日)-第10号
 巻頭言/五行説と漢方医学大塚敬節1939年(昭和14年11月15日)-第10号01頁
 葉橘泉氏の近世内科国薬処方集を読む大塚敬節1939年(昭和14年11月15日)-第10号02頁
 中支の医薬事情見聞記清水藤太郎1939年(昭和14年11月15日)-第10号02頁
 肺結核の漢方医学的予防及治療法矢数道明1939年(昭和14年11月15日)-第10号04頁
 傷病将士と漢方石原保秀1939年(昭和14年11月15日)-第10号06頁
 処方箋問題と漢方医の立場矢数有道1939年(昭和14年11月15日)-第10号06頁
 刺鍼による内臓穿孔の問題代田文誌1939年(昭和14年11月15日)-第10号07頁
 鐘楼余韻竹茹生1939年(昭和14年11月15日)-第10号08頁
@1939年(昭和14年12月15日)-第11号
 巻頭言/漢方と神秘主義龍野一雄1939年(昭和14年12月15日)-第11号01頁
 鍼灸医学より観たる肺結核の予防と治療柳谷素霊1939年(昭和14年12月15日)-第11号02頁
 狐の喜ぶ鴨の頭石原保秀1939年(昭和14年12月15日)-第11号02頁
 産後の出血或いは悪露に対する東西医学の見解相違矢数有道1939年(昭和14年12月15日)-第11号03頁
 刺鍼過誤の問題について龍野一雄1939年(昭和14年12月15日)-第11号04頁
 無医科を行く(続)神谷卓1939年(昭和14年12月15日)-第11号06頁
 風邪の漢方療法大塚敬節1939年(昭和14年12月15日)-第11号07頁
@1940年(昭和15年01月15日)-第12号
 巻頭言/辰の年を迎えて1940年(昭和15年01月15日)-第12号01頁
 方証相対説の批判について龍野一雄1940年(昭和15年01月15日)-第12号02頁
 急性肺水腫を紫円で救ふ矢数有道1940年(昭和15年01月15日)-第12号07頁
 枸杞は養生の仙薬石原保秀1940年(昭和15年01月15日)-第12号05頁
 傷寒論中に現はれたる物理療法龍野一雄1940年(昭和15年01月15日)-第12号06頁
 身辺雑記竹茹生1940年(昭和15年01月15日)-第12号07頁
 漢方医学とビタミン大浦孝秋1940年(昭和15年01月15日)-第12号06頁
@1940年(昭和15年02月15日)-第13号
 先哲医訓復唱大塚敬節1940年(昭和15年02月15日)-第13号01頁
 鍼灸の発生に関する一考察龍野一雄1940年(昭和15年02月15日)-第13号02頁
 黄疸の治検龍野一雄1940年(昭和15年02月15日)-第13号03頁
 治療実例(一)(大塚敬節訳)葉橘泉1940年(昭和15年02月15日)-第13号05頁
 蘇州の名医葉橘泉先生を訪ねて本多精一1940年(昭和15年02月15日)-第13号06頁
 治方看的荒木性次1940年(昭和15年02月15日)-第13号07頁
@1940年(昭和15年03月15日)-第14号
 先哲医訓復唱大塚敬節1940年(昭和15年03月15日)-第14号01頁
 中国の漢方を訴く本多精一1940年(昭和15年03月15日)-第14号02頁
 急性肝臓肥大に消疸飲を与ふ矢数有道1940年(昭和15年03月15日)-第14号03頁
 当帰四逆加呉生湯の治験四例大塚敬節1940年(昭和15年03月15日)-第14号03頁
 刺鍼過誤問題の取り上げ方に就て竹山晋1940年(昭和15年03月15日)-第14号04頁
 桂枝は桂の枝清水藤太郎1940年(昭和15年03月15日)-第14号05頁
 潔癖症慢筆荻里人1940年(昭和15年03月15日)-第14号06頁
 治療実例(二)(大塚敬節訳)葉橘泉1940年(昭和15年03月15日)-第14号07頁
@1940年(昭和15年04月15日)-第15号
 先哲医訓復唱大塚敬節1940年(昭和15年04月15日)-第15号01頁
 病名考木村長久1940年(昭和15年04月15日)-第15号02頁
 進行性筋肉萎縮症の治験代田文誌1940年(昭和15年04月15日)-第15号02頁
 眼科方凾大塚敬節1940年(昭和15年04月15日)-第15号03頁
 腸捻転を漢方的に処置し得るや矢数有道1940年(昭和15年04月15日)-第15号06頁
 括ロウ薤白白酒湯の治験矢数道明1940年(昭和15年04月15日)-第15号07頁
 経絡の発生就て滝田行彦1940年(昭和15年04月15日)-第15号08頁
@1940年(昭和15年05月15日)-第16号
 国民体質向上の道鮎川静1940年(昭和15年05月15日)-第16号02頁
 崑崙穴位置とその運用柳谷素霊1940年(昭和15年05月15日)-第16号02頁
 腹水治験杏邨生1940年(昭和15年05月15日)-第16号03頁
 私語放散小出寿1940年(昭和15年05月15日)-第16号06頁
 古矢知白と其治験坂下北門1940年(昭和15年05月15日)-第16号07頁
 東亜医学協会五周年記念事務報告1940年(昭和15年05月15日)-第16号04頁
@1940年(昭和15年06月15日)-第17号
 支那に於ける漢方医学の将来性についての問題大塚敬節1940年(昭和15年06月15日)-第17号01頁
 漢方医学の治療と其性格大塚敬節1940年(昭和15年06月15日)-第17号02頁
 日本医事新報社の社説を検討し満州国及び中国の漢医問題に及ぶ(一)矢数道明1940年(昭和15年06月15日)-第17号06頁
 薬草栽培寸言渡辺武1940年(昭和15年06月15日)-第17号07頁
@1940年(昭和15年07月15日)-第18号
 漢方医学に於ける和と攻との精神大塚敬節1940年(昭和15年07月15日)-第18号01頁
 漢方医の制度化問題清水藤太郎1940年(昭和15年07月15日)-第18号02頁
 主之龍野一雄1940年(昭和15年07月15日)-第18号02頁
 初生児発啼術に就て石原保秀1940年(昭和15年07月15日)-第18号03頁
 大陸に於ける新医療体制の制定と漢方医術の問題竹山晋一郎1940年(昭和15年07月15日)-第18号04頁
 満州国漢医と其将来及教育問題栗原広三1940年(昭和15年07月15日)-第18号05頁
 薬草採集ハイキング1940年(昭和15年07月15日)-第18号06頁
 随想館野軍次1940年(昭和15年07月15日)-第18号07頁
@1940年(昭和15年08月15日)-第19号
 満州建国の理想と吾等の使命矢数道明1940年(昭和15年08月15日)-第19号01頁
 治験湯本求真1940年(昭和15年08月15日)-第19号02頁
 漢方の脈診に就て安西安周1940年(昭和15年08月15日)-第19号02頁
 上海の名医時逸人氏を訪ねて本多精一1940年(昭和15年08月15日)-第19号03頁
 満州の旅龍野一雄1940年(昭和15年08月15日)-第19号07頁
 日本医事新報社の社説を検討し満州国及び中国の漢医問題に及ぶ(二)矢数道明1940年(昭和15年08月15日)-第19号04頁
 修琴堂治験大塚敬節1940年(昭和15年08月15日)-第19号05頁
@1940年(昭和15年09月15日)-第20号
 新体制と東亜医学の建設矢数有道1940年(昭和15年09月15日)-第20号01頁
 漢方の概念と現代的使命矢数道明1940年(昭和15年09月15日)-第20号02頁
 羸痩患者の治験倉島宗二1940年(昭和15年09月15日)-第20号03頁
 修琴堂治験(二)大塚敬節1940年(昭和15年09月15日)-第20号04頁
 麻黄湯の症と鍼治験井上恵理1940年(昭和15年09月15日)-第20号05頁
 渡満報告工藤訓正1940年(昭和15年09月15日)-第20号05頁
 日本医事新報の社説を検討し満州国及び中国の漢医問題に及ぶ(三)矢数道明1940年(昭和15年09月15日)-第20号06頁
@1940年(昭和15年10月15日)-第21号
 明治維新の回顧と我等の使命龍野一雄1940年(昭和15年10月15日)-第21号01頁
 婦人科的疾患に対する漢方治擦の特徴矢数道明1940年(昭和15年10月15日)-第21号02頁
 二種の体質と薬用清水藤太郎1940年(昭和15年10月15日)-第21号05頁
 漢方廃止は暴政なり滝田行彦1940年(昭和15年10月15日)-第21号05頁
 中島寅男中尉の講演編集部1940年(昭和15年10月15日)-第21号06頁
 漢方図書館の誕生編集部1940年(昭和15年10月15日)-第21号06頁
@1940年(昭和15年11月15日)-第22号
 東亜医学協会新機構矢数道明1940年(昭和15年11月15日)-第22号01頁
 可能性と実現性の問題竹山晋一郎1940年(昭和15年11月15日)-第22号02頁
 東亜医学協会の現未に対し愚見を披歴す小柳賢一1940年(昭和15年11月15日)-第22号03頁
 マラリアの漢方療法中島寅男1940年(昭和15年11月15日)-第22号04頁
 快誠堂治験小椋章道1940年(昭和15年11月15日)-第22号06頁
 紫円に就く中島寅男1940年(昭和15年11月15日)-第22号06頁
@1940年(昭和15年12月15日)-第23号
 医療の普及と無医村問題・古方と新方1940年(昭和15年12月15日)-第23号01頁
 歴史認識の問題龍野一雄1940年(昭和15年12月15日)-第23号02頁
 男子の黄、小便自利するは当に小建中湯を与ふべし矢数有道1940年(昭和15年12月15日)-第23号03頁
 腹膜炎の鍼灸治験例岡部素道1940年(昭和15年12月15日)-第23号03頁
 新陳代謝と摩擦中心の療法石原保秀1940年(昭和15年12月15日)-第23号04頁
 大建中湯証に就て深瀬真造1940年(昭和15年12月15日)-第23号04頁
 同経刺治験二題柳谷素霊1940年(昭和15年12月15日)-第23号05頁
 尿毒症治験大塚敬節1940年(昭和15年12月15日)-第23号05頁
@1941年(昭和16年01月15日)-第24号
 名医とその治療-塩田陳庵-(一)大塚敬節1941年(昭和16年01月15日)-第24号01頁
 竹山氏に呈する第二報龍野一雄1941年(昭和16年01月15日)-第24号02頁
 化膿性疾患の治療龍野一雄1941年(昭和16年01月15日)-第24号02頁
 漢方復興運動における政治と学術竹山晋一郎1941年(昭和16年01月15日)-第24号03頁
 鍼灸規則の改正に就て滝田行彦1941年(昭和16年01月15日)-第24号04頁
 漢方医師団結成を横目で見る多々野凡児1941年(昭和16年01月15日)-第24号04頁
 東医文化顕彰永山昇純1941年(昭和16年01月15日)-第24号06頁
 歯科領域における漢方の応用中原富一郎1941年(昭和16年01月15日)-第24号06頁
 その頃を懐ふ竹茹生1941年(昭和16年01月15日)-第24号07頁
@1941年(昭和16年02月15日)-第25号
 日華漢方医学特輯号発刊に就て矢数道明1941年(昭和16年02月15日)-第25号01頁
 存済医廬治験記(大塚敬節訳)葉橘泉1941年(昭和16年02月15日)-第25号02頁
 漢方医学の原理略談張珠菴1941年(昭和16年02月15日)-第25号02頁
 暑火熱火之別説白依山1941年(昭和16年02月15日)-第25号03頁
 中国之医学落後高其湘1941年(昭和16年02月15日)-第25号04頁
 満州国医学研究所機構私案龍野一雄1941年(昭和16年02月15日)-第25号05頁
 満州漢医学の本質と其将来龍野一雄1941年(昭和16年02月15日)-第25号06頁
 中国医界の現況本多精一1941年(昭和16年02月15日)-第25号07頁
@1941年(昭和16年03月15日)-第26号
 東亜医学の廃刊に際して木村長久1941年(昭和16年03月15日)-第26号01頁
 東亜医学誌の終刊に題す矢数道明1941年(昭和16年03月15日)-第26号02頁
 漢方鍼灸と高等数学山元吾策1941年(昭和16年03月15日)-第26号02頁
 田舎便り滝田行彦1941年(昭和16年03月15日)-第26号03頁
 北京通信尾部瀬順久1941年(昭和16年03月15日)-第26号03頁
 拓大漢方図書館開館式1941年(昭和16年03月15日)-第26号07頁
 存済医廬治験記(大塚敬節訳)葉橘泉1941年(昭和16年03月15日)-第26号04頁
 漢医診断与調剤法銭問停1941年(昭和16年03月15日)-第26号04頁
 温知社遺品を協会へ編集部1941年(昭和16年03月15日)-第26号08頁
 楷行学苑創立記念大講演会1941年(昭和16年03月15日)-第26号07頁
 拓大漢方図書館開館式1941年(昭和16年03月15日)-第26号07頁
 発展的解消へ!矢数有道1941年(昭和16年03月15日)-第26号08頁